ステンドグラス制作者の「ぎやまん草子(その22)」 「倹約紀行(三)」

平成十九年春に行ったヨーロッパの紀行文は、今回が最終回です。

旅の後半は、学生時代からの友人フランソワ・ゲリー(当時留学生)の世話になりました。彼は私が渡仏する度に仕事が変っており、この時は自分が考案した教育用カードゲームを、小学校に売り込んでいました。自由人の彼は、私が渡仏する度に臨時休業とし、車で方々連れて行ってくれます。今回は彼の恋人で仏領マルチニーク島出身のマドモァゼル・カリーヌも一緒で、私の妻も含め4人旅となりました。ちなみに彼の恋人も、毎回違います。

パリ郊外の彼の自宅近くで落ち合い、夕方から高速道路を飛ばし、隣の国ベルギーの首都ブリュッセルへ。深夜にユースホステルに着き、男女別の大部屋に分かれて泊まりました。翌日から、ブリュッセル観光。グランプラスという中世ギルドのゴシック建築に囲まれた広場や小便小僧の像、サン・ミッシェル大聖堂を見て廻りました。昼食は名物ムール貝の蒸し焼きと、数種類のベルギービール。夏のような日差しの下、姦しくテラスで酒盛り状態でした。

サン・ミッシェル大聖堂の絵画的なステンド

サン・ミッシェル大聖堂の絵画的なステンド

ブリュッセルのテラスでムール貝

ブリュッセルのテラスでムール貝

その後アウトバーンを飛ばし、ドイツのアーヘンという町に移動しました。パン屋に直行し、本場のドイツパン数種を「ブロート・ビッテ!」と片言のドイツ語で購入。あーでもないこーでもないと大声で議論しながら、パン屋内のカフェコーナーで食べまくりました。家では毎朝手作りのライ麦パンを食べているので、本物を味わうこの機会を楽しみにしていました。ライ麦100パーセントのドイツっ子ですらあまり食べないという素朴なフォルコンブロートは、酸っぱくてぼそぼそしています。しかし、噛むほどに味が出てきて、ドイツ民族の味がしました。

アーヘンのパン屋で

アーヘンのパン屋で

夜は、ケルンの郊外フレッシェンという町をさまよい歩きました。土曜日深夜の田舎町で、開いている店を探すのは至難の業です。通行人に尋ねて、ようやく気持ちの良い店(BAR)にたどり着きました。眠ったように静かな町の中で、この店だけはお祭りのような賑わいです。ドイツの巨漢達は、地ビールをしたたかに飲んでいるようでした。好奇の目に曝されながら我々「外国人」も席に着き、お決まりの名物、ザワークラウト(醗酵キャベツ)とソーセージ、地ビールをやりました。ベルギーといいドイツといい、ビールにコクがあり本当に旨くて、また食べ物がビールに良く合います。血液からアルコールとホップが抜けない数日でした。

翌日、建築に600年を要したという世界遺産ケルン大聖堂を隅々まで見て廻り、パリに戻りました。パリではカリーヌのアパートメントに転がり込み、ここで数日厄介になりました。最終日には、我々がカツ丼を作って食べさせ、再会を誓って帰途に。彼らが来日したとき、B級グルメの旅を案内するのが楽しみです。

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